ほめられたい褒められない誉められたい!恥ずかし心理を超えて「ほめる」人に

2015年11月26日 ---

笑って笑って笑って

By: Lelou

とある授業後の教室にて。

「ほめる、って漢字でどう書くんですか?」

「褒める」

「(真ん中下辺りを指して)ここに線は要らない?

「いらない」

「ほめる」ことについて考えるときにはいつも、高校生の頃、勉強のよくできる女の子が国語教師に質問していた上のような情景を思い出します。

(常用漢字の範疇らしいですが…)何も見ずに「褒」なんて漢字を書けた当時の国語の先生を誉めたげたい。

ほめられたい、ほめられない、ほめられたい!

褒められたいのに、褒められない。認められたいのに、認められない。愛されたいのに、愛されない。

承認欲求を満たしてくれる他人からの賞賛を生きがいに生きている我々に対して、「ほめられる」という受動態でなされる行為は胸を掻き毟るほどの欲望と苦しみをもたらしてくれます。

「ほめられたい」は現代病?

何だって現代特有の病的状態として捉えるのも芸がないのですが、それでも、インターネットとSNSの発達が露骨にみせつける「ほめられ」格差を無視することはヒトの本能が許しません。

「認められたい私、認めてくれない社会~「承認不安時代」の生き方~」という連載記事がダイヤモンド・オンライン上で掲載されているように、我々は「承認不安時代」に生きているのでしょう。

(大量の「いいね!」や「リツイート」などなど)ほめられている誰かを頻繁に目にし、褒められていない自分を強く意識させられ不安になる。そんな時代を。

承認欲求と冒険・創作意欲

とは言え、世界史や科学史や文化・芸術史をひも解けばそれこそ「承認欲求の塊」みたいな偉人や、「“褒められ”だけを食べて生きてきた」みたいな変人が多数見つかってくることでしょう。

社会的な存在としての人間が、この強靭な承認欲求から逃れることは不可能です。

認められたい自分を認めたい?

心理カウンセリングやその他諸々が一定の地盤を確立した現代において、心理的な悩みの多くは解決が可能だと謳われています。

「認められたい」、「褒められたい」という欲求は、「今、認められていない・褒められていない」という自己認識・思い込みを前提としているのだから、承認欲求を減らしたりなくしたりするには自己認識を変えるべき!

自分を認めたげて!自信を持って!

さとうみつろう氏の理論と根を同じくするそんな自己認識改革ソリューションが心理カウンセリングの場では提供されるようです。

気になる方は、検索などしてみてください。あなたが求めているものが、そこにはあるかもしれません。

需給バランス的視点

はてさて、この世界にはある種の不均衡が存在しています。需要と供給のバランスが崩れています。その希少性が欲望をかき立てます。

何が足りていないのでしょうか?

カネ?

いや、マネーはじゃぶじゃぶに溢れて行き場を失っています。

ここまでの流れでわかるように、決定的に足りていないのは「ほめる」です。

褒める人が足りてない

各種コメントやいいね!やハートマークでカジュアルに手間を掛けずに与えることのできる褒賞が溢れる現在、わざわざコストを掛けてクリックやタップ以上の「ほめる」を実行する機会が激減しています。

褒めるべき部分を探し出し、無ければ嘘ででっちあげ、褒め言葉を口に出すその恥ずかしさを超える心理的コストは結構莫大なものがあります。

ほめるスキルに習熟しておらず、お世辞とおべっかを嫌悪する我々にとって「ほめる」は難易度が高く、それゆえ稀少なものとなってしまいました。

ほめるは人の為ならず

「情けは人の為ならず」という諺が日本にはありまして。

意味は「情けは人の為だけではなく、いずれ巡り巡って自分に恩恵が返ってくるのだから、誰にでも親切にせよ」とのこと(Wikipediaより)。

どうにも「情け」が巡り巡っているとは思われない現代社会ですが、「褒める」もまた流通量が不足し、供給が偏り、どう考えたってあなたに返ってくることがないように思われます。

でも、社会を変えることは簡単にできっこありません。

変えられるのはあなた自身でしかなく、それで十分なように思われます。

自分自身の行動を変えてみる

心理カウンセラーに通ってみて、おいそれと自分を認めることができるようになれる方には非常な才能があります。すごい!

でも、なかなか性格や思想や考え方を変えることができないからみんな悩んでいるわけで、基本的には頭の中よりも行動を変える方が簡単でしょう。

3度に1度、ほめてみる

誰かと会ったり話してる最中、話している当人や共通の知人などの褒められる何か(外見、持ち物、言動、業績)を探して、自分から積極的にほめてみましょう。

毎度毎度ではなく、3回に1回くらいのペースで市場に「ほめる」を供給してみましょう。

実験として、褒めてみる

ただ、自らのほめられたい欲求を押し隠し相手を褒めあげることには心理的な抵抗感が付きまといます。

ウソつきストレス、恥を忍ぶストレス。

そうした心的負担を真っ向から受け止めるのは、「ほめる」巧者でもおべっか遣いでもない我々にとって少々酷な気がしてしまいます。

ほめ方の本などを読んで深く感銘を受け、実際にほめてみることを心に誓ったにもかかわらず、ほめる段になってみたらば何となく気後れしてほめられなかった方は、こうした心理的ハードルを越えるコストを甘く見ています。

そこでオススメなのが、あなたの人生を使って実験をしてみることです。本気の「ほめる」ではなく、そうしたことが何を引き起こすのか確かめるための実験的な「ほめる」。

有能な実験者のペルソナを被り、社会学に身を捧げる心意気で、自我を抑制しつつ実験に臨みましょう。

「褒められ慣れている人を褒めた時、どのように反応するのだろう?」

「褒められ慣れていない人を褒めた時、顔を赤らめるのはなぜだろう?」

「オレをワタシを褒めてほしいから誉めているこの心理を、コイツは理解するだろうか?」

実験テーマは自由です。適当なノートに「陽性かくにん!よかった。」とか書いて記録しておくと雰囲気を楽しめるかもしれません。

「相手に褒め言葉を吐かせるためにしたい13のコト」

「けなすべきだと思うところを逆に褒めてみて分かった世界の真実」

とかいうブログタイトルで記事を書くための実験をしてみても面白いかもしれません。嫌われたり友人を失ったりする可能性が非常に高いですが、何度も言うように実験テーマは自由です。

儀式としてのプラシーボ

プラセボ製薬では、プラシーボを用いた実験を推奨しています。プラシーボとは、薬効成分を含まない偽薬のこと。

心理的ストレスを感じる行動を起こす際にクイっと一粒飲み干すことで、行動を起こすきっかけとする。心理的なハードルを低くする。そんな効用を期待しています。

※もちろん、偽薬に「ほめる」人になれる効果もストレスを減じる科学的な効果もありません。念の為。

人は習慣にないことを決してしたがらない動物です。しかしながら、その習慣は約2週間で形成できると考えられています。今のあなたが「ほめる」を苦手としていたって、2週間続けてみれば習慣的「ほめる」人になっているかもしれません。

「ほめる」の循環経済を期待し「ほめる」を継続的に供給するあなたには、いつしか「ほめる」が巡り巡ってくるやもしれません。その時、あなた自身の「ほめられたい」はどんな形をしているでしょうか?

それは、実験を始めた人にしかわかりません。

明日から始める1日1粒のプラシーボ習慣で、あなたも習慣的に「ほめる」人になってみませんか?

あなたが期待した何かや、期待を超えた未知なるものをプラシーボによって手にできたとすれば、それは広い意味で「プラシーボ効果」だと言えるかもしれません。

褒めよ褒めよも褒めのうち、の精神で是非。

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