完璧主義で何もできない、したくないをやめたい学生さんへ

2014年9月12日 2016年10月13日

消しゴムくんにお別れを

By: Kanko*

完璧主義・完全主義すぎて何もできない、したくない。

完璧主義の方は完璧にできることしかやりたくないため、完璧にできるか分からないことはやりたくない/やらない傾向があります。それが高じると何もできないことにコンプレックスを感じたりしてさらに動けなくなって難儀なことです。

人の悩みはそれぞれなようで…。

悩みのるつぼ、2ちゃんねる

悩みは各人各様、自らの悩みのタネに独自性を見出しがちですが、あにはからんや同じような悩みがインターネットには溢れ返っています。

まだ読み足りなければ「完全主義・完璧主義でつらい人のスレ」で検索してみてください。

解決策はあるのだろうか?

完璧主義も悪くないというなら問題はありませんが、完璧主義が高じて(?)何も出来なくなるのは嫌だと思われた小学生・中学生・大学生・大学院生のみなさん。あるいは既にコンプレックスを抱えていたり自己嫌悪気味の方。

もしかするとそのお悩み、プラシーボプラセボ)で解消できるかもしれません。

もう年齢的には十二分にオトナだぜぇ…なかたはこちら(『完璧主義でつらい、治したい大人の方へ』)もどうぞ。

完璧主義者のテスト嫌い

当記事へ「完璧主義 テスト受けたくない」といった検索キーワードでのアクセスが散見されます。試験前の憂鬱感が勉強に向かう手を休ませ、無間ネット・サーフィン地獄へと追いやっているのかも。

完璧主義のパーフェクト超人は、自らの完璧性を裏付け正当化するテストが大好き…

と考えても良いはずですが、実際には違っています。

完璧主義の凡人は、自らの完璧性に泥を塗るテストが大嫌い…

自らの出来なさ、凡庸さ、非完全性を客観的に突きつけられるテストを嫌う。自尊心を傷つけ、プライドをズタズタにし、セルフ・エスティーム(自己肯定感)を削ぎ落とすテストなんざ、クソくらえ。

それが多くの完璧主義者のあるがままの姿のようです。

一発勝負にめげないように

中間テストや期末テストなどの定期考査、順位付けがハッキリとする実力テスト。完璧主義の凡人が、こうした非日常の世界で一発逆転を狙うのは得策ではありません。

日常に蔓延る不完全な完璧主義と向き合わなければならないでしょう。

完璧主義を自認する学生さんが、ある意味ではその完璧性を確認する日常的手段。

それは、ノートです。板書を書き写したり、計算過程を残したりするノート。

完璧主義すぎて動けなくなっている学生さんは、このノートの取り方を見直してみてはいかがでしょうか?

完璧主義者のノート

完璧主義者のノート。何となく、想像がつきますね。細かい罫が入ってる。間違いない。

ピシッと揃えようとした跡が見られる。間違いない。

やけに字や図がキレイだ。間違いない。

そして、どこにも間違いやミスがないよう執拗に修正が施されているのではないでしょうか?

完璧主義者の潔癖症

完璧主義者の一番の学友、それは“消しゴムくん”“修正テープちゃん”かもしれません。後から修正できないとか、ありえない。一個でも間違ったところが残ってたら、もうそのノートなんて見たくもない。

でも、そうやって遠ざけていると勉強もあんまりしないのでテストも上手くいかなくなって、だんだん何も出来なくなって…。

敢えて断言しましょう。

間違いのないノートに意味などない、と。

ノートの取り方をもっと不真面目に変えてみよう

間違いのないノートに意味などないのは、失敗こそが、数多の失敗こそがあなたを前進させる原動力であるためです。

学生さんにとって必須とも思われる「ノート」について考えてみることで、それを確かめてみましょう。

ノート不要論

授業中はノートを取りますか?

そもそも、授業中にノートを取る必要なんてあるのかな?

教科書の答えが載っていない問題の答えを書き写すためとか、定期テストの模範解答が先生の板書そのままとか、やむを得ぬ事情がある場合を除いて、ノートを取る必要なんてないような気もします。

完璧主義の方なら「まさか!」と及び腰になるかもしれませんが、完璧なノートへのこだわりが重荷になるのなら、それを捨てても構わないのです。重荷を捨て去れば、より高く飛べるようになるかもしれません。

では、ノートには何を残しておくべきか。

ノートに残すべきもの

あなたの(あるいはクラスメートの)失敗を適当に書き残しておきましょう。できるだけ多くの失敗を。

公式の適用を間違えた?

消してはいけない。

計算ミス?

消しちゃだめだ。

落書き?

写真撮ってtwitterに投稿しよう。

ノートには間違いを残しておきましょう。

消してはいけない。

何をミスったのか。どうしてミスったのか。どうすれば正解に辿り着けたのか、脇に書き加えていきましょう。

間違えたところは上から一本線か二本線で後から見ても分かるようにしておけば、それで十分。くどいようですが、絶対に消してはいけません。

消しゴム・修正テープとしばしのお別れを

「消しゴムくん」と「修正テープちゃん」はテストの時間だけ使うようにしましょう。その代りに「えんぴつさん」を活躍させてあげてください。

もっといえば、「ボールペン様」におでまし願っても構いません。

そして、あなたの手と脳を奴隷の如く酷使してやりましょう。

失敗の山を築き上げるために。

効率が悪い?

ハハッ…一番効率の悪い勉強法は、キミがいつも行っている“完璧な”勉強法かもよ!

「消したい!」気持ちを消すために

勉強中にどうしても間違えた部分を消して訂正したくなったら(きっとなるでしょう)、ぐっとこらえるためにプラシーボの活用をおすすめします。

プラシーボと一緒に「消したい!」気持ちを飲み込んでしまいましょう。もしくはプラシーボを「不真面目になる粒」と思いながら服用してみましょう(※)。

プラセプラス錠剤(複数)

「まーたミスっちまったよ、てへぺろ(・ω<)」そうやって失敗を笑える余裕は、あなたをいくらか自由にしてくれます。 プラシーボには完璧主義を治す成分も気持ちを抑える成分も含まれておりませんが、それに資する何らかのお手伝いがプラシーボにできれば、これ以上嬉しいことはありません。

※プラシーボは医薬品ではなく、食品です。また、不真面目になる成分および不真面目になれる成分を一切含みません。

スマホによる板書撮影

なにやら最近は板書をスマホで撮影して保存しておくことが大学の講義では流行しているそうな…。

パシャ。

パシャ。

いや中学高校でもそうなのかもしれません。完璧主義者にとっては、“間違いのない”板書の写しであるという無上の価値は捨てがたく思われるかもしれません。

目的的に考える

消しゴムや修正ペン、えんぴつやボールペンは言うに及ばず、ノートでさえも電子情報で代替する…というのもありなのかもしれませんね。

これまで書いてきたことを勢いよく打っ棄るようですが、IoT活用の実践例として板書の自動撮影マシーンが開発されています。

Raspberry Pi3で自動ノート取り装置を作った|いきるちから

完璧主義者の方は、逆に、こっち方面に向かうのも悪くないかもしれません。もちろん「プログラミング」と「ものづくり」は、学校の授業やテストなんかより遥かに自由度が高く、トライアンドエラーを要し、数え切れぬほどの失敗を繰り返しても完璧にはたどり着けない類の取り組みですけれども…。

先生方へ向けたちょっとした追記

閑話休題。

これまでに幾人かの“圧倒的な”先生と出会ってきました。高校、および予備校で出会ったその“圧倒的に授業のうまい”先生には共通点があります。

間違えた時に、黒板上の文字を残しつつ訂正する。決して、消して直したりしない。

信頼は、勉強に対するやる気をも育むように思います。たとえそれがプラシーボ効果だとしても。

プラシーボ効果なんかじゃどうにもなんねーよって?

完璧主義を和らげることにも完璧に取り組みたいと思っちゃうお茶目なあなたには、世界中で応用・実践されているNLPの手法をオススメします。

NLPのすすめ

NLPは神経言語プログラミングと呼ばれる、自己認識フレームワークに意識的になるための体系的手法を指します。

完璧主義的性格の自分と、完璧主義で何もしていないことに対して自己嫌悪に陥りがちな自分。そうした両義背反、アンビバレンツな意識の断裂を回避するための認知行動療法といっても良いかもしれません。

この世界にはさまざまな悩みとそれを解消するための考え方やモノがあふれていますが、NLPもまたそうした悩みを解消するための手段・道具です。

「勉強してねーや」とか言いながら圧倒的な成績を軽々と残しているように見えるあいつも、あなたと同じような悩みを抱えます(人間なので、当然に悩みを抱えます)が、自分の弱みと思考の癖みたいなものを独自に体得し、何とかうまくやっているのです。

NLPはそうした経験的手法を精緻化・体系化したもの。知れば即座に成績アップ!完璧主義的な傾向も消えてなくなる、なんて夢の手法ではありませんが、今後あなたがどう行動すべきか考える際に頼れる指針の一つになることは間違いありません。

何もしていないことに罪悪感を感じているくらいなら、少し自分から動き出してみよう。

「マンガかよ、うさんくせー」という心の声は甘えた完璧主義の自分が発する逃げの一言だと認識することからしか、自分を変えることはできません。

取っ掛かりは簡単なほど良いのです。第一歩はマンガから、大いに結構。不完全でも良いから、とにかく始めてみることから全ては始まります。

結局、完璧にはなれない

結局のところ「俺スゲー」ができるマンガかアニメかライトノベルの主人公にでもならない限り、常に完璧なパーフェクト超人であることは不可能です。

自らの過ち、失敗を受け容れる度量を身に着けることでしか「不真面目な完璧主義」を根本的に解消することはできない。そう信じてみることから始めてみませんか。

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