医療費問題なら個人レベルで解決可能?

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今日の日本の社会保障制度(年金・医療・福祉制度)は、とりあえず現状を維持するために汲々としながら、もんのすごい勢いで(それも、加速しながら)将来世代へ負担を先送りするという構造になっています。

これから生まれてくる子供たちに対して、『次代の社会を担う児童の健やかな成長に資する(by 厚生労働省)』と称したささやかな手当を支給するとともに、健やかに成長した後は国の借金返済のための徴税にはいくらでも応じてね!と返済誓約書に無理やり拇印を押させるようなことをしています(※実際にはそのような誓約書はありません)。

もちろん政府が将来のことを何も考えていないわけではなく、一人当たりの借金額を抑えるため借金総額を小さくすることを試みたり、人口を維持する策を講じようとしています(2014年5月13日付 日本経済新聞『50年後も人口1億人目標 政府有識者委』)。

解決策はあるのか、ないのか

今まで上手くいっていたような制度がどうやら上手くないようだぞ、となってしまうのは制度設計の前提が時代の流れと共に変化してしまったからです。

現代の日本においては、取りも直さず人口減少を伴う少子高齢化が制度設計の前提を根底から覆すほど大きな問題になっています。また持続的な経済成長だって、もう誰も信じることはできないでしょう。ゼロ成長あるいはマイナス成長は社会制度そのものを崩壊させるに足るインパクトを持っています。

これら持続的な人口増加と経済成長は、これまでの社会制度設計においては前提とされていました。今だって、年金制度の将来推計においては前提とされています。これらを前提としなければどのような制度も立ち行かなくなってしまうにもかかわらず、前提が崩れた際の社会制度については誰もそのアウトラインを描くことができません。

現状を維持しつつ、ある特定の分野では状況を改善させるというウルトラCな解決は不可能でしょう。いつかどこかで誰かが“割を食わされる”か、そうでなければ“割を食う”必要があります。

年金・医療・福祉、それぞれの解決策

年金に関しては、その制度設計を変える必要があります。例えば賦課方式を積立方式に変える、と言ったように。また福祉に関しては、安楽死制度の導入などを検討すべきでしょう。

ただし医療ならば、善き制度設計と善き制度運用といったマクロの解決策の他に、個人レベルで行えることがあると当社では考えています。それは「健やかな健康観の構築」です。

「近年、国民の健康意識の高まりにより…云々」と言われることがありますが、裏を返せば「健康意識の高まり」とは「健康不安の高まり」なのではないかと言う気がします。「いつだって健康になるための何かを意識的にしていなければ、不健康になってしまう!」などなど。

その原因は様々でしょうが、一つには「自分の健康管理すら医療に依存しなければならない」という思い込みにあるのかもしれません。ちょっと気になることがあれば(あるいは、ちょっと気になる情報を与えられて)病院へ行き、薬をもらって飲んでれば安心!という態度は、健康を医療に頼って維持するものと考えてしまっているように思われます。

だれもがこのように考えていては、医療費など抑えられるはずがありません。

自分の健康に責任を持つ

生き物の身体には、外部から何も手を加えなくたって自ら傷を癒す自己治癒力があります。また、加齢に伴う変化だって、新たな状況に対処するためにとられた身体の反応でしょう。決して忌むべきものではありませんし、ヒトには生物としての限界だって厳然と存在していることを認めなければなりません。

健康を維持するために必要なのは、良き医療や健康法を見つけてそれを実践することではありません。あなた自身の身体が本来持つ自然な力を信じ、自分自身の健康は自分で責任を取るという態度です。

医療費の抑制は、現代日本における必須の課題です。「将来世代へ負担を先送りしてでも、これまで通り医療に頼り続けたい!」と思われるなら別です(もちろん、そのように考えても良いわけです)が、もし問題意識を共有されるなら、一度「健やかな健康観」すなわち、「医療に頼ることなく健康を管理し、その結果に責任を持つ態度」について考えてみてください。

もしかするとそこには、プラシーボ効果プラセボ効果)が担うべき役割があるのではないかと当社では考えています。

『オモロマンティック・ボム!』より引用

世間は手を替え品を替え物語を用意して、最近は「言い切る」かたちで捏造して煽ってくるけど、お待ちください。この人生の主導権はいつだってこっちにあるのだからそういった物言いはすべて堂々と無視する力をもちたいものだ。自立なんてのはお金を持つことでも独立して新しい家族をもつことでも世間の感情に自分の感情をすり寄せることでもなくて自分で考えた価値観を自分の責任において遂行するだけのことなのだった。その意味において自分の好きなように生きてよいのが人生だから、まあときどきは、チョコなどを食べてがんばろう。(川上未映子著『オモロマンティック・ボム!』 (新潮文庫)、p148)

健康観も、自分次第。

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投稿者: 管理人