ビッグデータ活用による質の高い医療提供に向けた検討会が紛糾する理由

2016年。世はICT時代。

ITが業務効率化をもたらすだけの時代は終わり、IT化がもたらす多大な量の情報(ビッグデータ)を活用し、さらなる知見を得ようとする動きが各業界で急速に進展しています。

もちろんその動きは、比較的改革が進んでいないと言われる日本の医療業界へも波及しています。

国を挙げた改革

現在の日本においては、社会保障制度の持続可能性が非常に需要な課題となっています。もちろんそれは、現状、「持続可能性がない」ことの裏返しでもあるのですが、悲観して嘆いているだけでは何も変えることはできません。

国は、ICTの活用が国家衰亡を防ぐ一つの要になると考えています。たぶん。

そんななか、医療行政を取り仕切る厚生労働省において、下記の検討会が開催されています。

  • 「データヘルス時代の質の高い医療の実現に向けた有識者検討会」

大量のデータ(ビッグデータ)を活用し新たな知見を得ることで、患者にとって最適な、質の高い医療の提供を目指す高尚な目的を持った専門家の委員会です。

5月の検討会、前半

さて、先ごろ公表された第2回検討会においては、非常に有用なプレゼンテーションが行われています。

  • 2016年5月23日 第2回データヘルス時代の質の高い医療の実現に向けた有識者検討会議事録

韓国の事例

廉宗淳(ヨム ジョンスン)先生という韓国の医療保険の専門家が紹介した韓国の事例は、ICT活用かくあるべしという例になっています。

韓国はかつて経済破たんを経験し、各種制度においてゼロベースからのシステム構築を余儀なくされましたが、そのことは逆に、因習にとらわれず物事を進めることができる大きな要因となっていたそうで。

あと、国家的にスマホアプリ経由で病院ランキングを掲載するなど、「外部の評価にさらす」ことを念頭に置いたシステムがあるそうです。

(出所)検討会資料より引用

ただ、データ活用事例としては日本の制度と大きく異なるいくつかの点(混合診療と健康保険制度の関係性など)が指摘されており、「参考」に留まるとも。

余談ですが…

韓国の審査評価院のData Warehouseを見ていただければ、まずは統計レポートというものを出していただけるのが230種類、それと、平には304人の健康データを分析する専門家がおります。現在蓄積されたデータ量は1,500億レコード、210TBぐらいあるみたいで、これをA4の紙で積むとエベレスト山の2,288倍だそうで、かなりData Warehouseに力を入れているような感じを受けていました。

データ量を実感してもらうために「高さ」の概念を採り入れるのは面白いですね。

ビッグデータの活用

NDB(ナショナル・データベース)が何の事だかよくわかっていないのですが…専門家の間では医療ビッグデータと言えば「NDB」が即座に連想されるようです。

Wikipediaにも未だ項目がなく、関連資料としては以下のものが検索にヒットしました。

同じところから出された2つの資料ですが、前者は「データベースそのもの」を、後者は「そのデータベースを分析する新しいシステム」を説明する資料のようです。

ちなみに「レセプト」は「医療報酬の明細書」のことです。日本の国民皆保険制度において、レセプトは患者と病院と保険者をつなぐ重要なファクターであり、このデータベースが活用されれば、より質の高い医療が提供できると考えられています。

例えば、花粉症や感染症患者数の拡大予測にも。

(出所)検討会資料より引用

ただ、医療と密接な関係のある介護などの情報と統合されていない(統合しづらい)などの問題が今後の課題としては挙げられるようです。

検討会後半、紛糾する会議。

さて、本検討会のハイライトはここからです。

社会保険診療報酬支払基金の代表である理事長が参考人として招致され、基金の改革案をプレゼンテーションしていきます。

ICTの活用による事務作業量の低減、効率的な運用、その他その他。「診療報酬の審査のあり方をゼロベースで見直すべき」との視点から提案された改革案は、一定の評価を受けます。

「よくぞ、公の場でここまで発言してくれた」

「だが、もう一声必要なのではないか?」

診療報酬の審査制度が改革の必要に迫られながらついぞ果たせなかったその改革を、内部の検討から導き出した点に一定の評価が与えられます。

だが、しかし…。

飯塚構成員の意見

プレゼン後の質疑応答時間、検討会構成員の一人、飯塚構成員がこう述べます。

今、3人の先生からはおほめの言葉があったわけですが、私はこの資料を見て、3人の先生方はレセプトの審査という分野からは少し遠いところにいらっしゃるのでそう思われたのでしょうけれども、私から言わせれば、よくもまあこう嘘を書いたなと思っています。

公の場でウソつき呼ばわりされる基金の理事長。

しかし、この発言から雰囲気は一変、具体的な数値を持ち出した批判はかなりの説得力があり、他の構成員もいくらか態度を硬化させます。

予定時間が超過したことを理由に纏めに入る座長の発言をさらりとかわし、金丸構成員らが強烈なツッコミを展開します。

基金の理事長が持ちだした数値(飯塚構成員より疑義あり)について。

<– 以下、引用 –>

○森下構成員
申しわけないですけれども、その数字がベースに出ないと議論なんかできっこないですよ。確かに20%というのは、よく考えたらそんなにやっているのかと正直思いましたよ。今言われればね。でも、そのデータがないのに、改革なんかやりっこないではないですか。一番大事なことをごまかしているのか、わからないのか。もしわかってないのだったら、本当に当事者能力ゼロですよ。わかっていてごまかしているのだと本当に最悪ですよ。ここは絶対明確にしないと議論に入れないというのはそのとおりですよ。

○西村座長
わかってないのではないですか。いや、わかってないと思いますよ。数量的に把握は難しいと思います。

○森下構成員
わかってないのだったら、ここへ来てもらってもしようがないでしょう。済みません。座長がわかってないと言われると困ってしまいます。

<– 引用ここまで –>

いやはや。

「データヘルス時代の質の高い医療の実現に向けた有識者検討会」がこれだけ低質な議論にてオチを付けるという高尚な芸に恐れ入りました。

こうした会の経費も当然、税金で賄われています。

笑うしかない。

公開議事録

当会の議事録は厚生労働省の検討会ページにて読むことができます。興味がありましたら。

※本件との関連は不明ですが、批判の矛先となった社会保険診療報酬支払機構の河内山理事長は平成28(2016)年7月15日付で退任され、7月25日、伊藤文郎氏が後任の理事長として選任されたそうです。

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