神がかりで王様が治療を行う時代は過ぎたが、権威はまだ生きている

2015年に至った現在でもまだ、霊的な能力を駆使すると称した治療が施される場合があります。

現代の医療が万能とは言えないにせよ、ある種の病気・症状に対しては科学に基づく適切な治療を行うことで回避できる重篤化や死があります。

ただ、「無知」「適切な医療処置を施さない」という消極的態度に対して何をどこまで責めることができるのか…。

容疑者は、両親から1型糖尿病でインスリンの投薬治療が必要だと聞いていたが、両親と共謀して4月上旬ごろから投薬治療を中断させ、医師による適切な治療を受けさせないまま放置し、4月27日に死亡させた疑い

『容疑者「男児の腹の中に死に神が」 糖尿病7歳殺害事件』(2015.11.27 Yahoo!ニュース)

これを見ると、「無知」と言うよりは「信念」「信仰」が介在しているみたいで、非常に難しい問題に思われます。

王権が神授された世界では

上記ニュースはさておき。『「空間」から読み解く世界史―馬・航海・資本・電子―』(新潮選書)を読んでいると、面白い記載がありました。

 教皇と皇帝が帝国の形成をめざして争ったものの果たせなかったヨーロッパでは、宗教改革により教皇と皇帝の力が弱まり、一六四八年のウェストファリア条約以後、王権神授説に基づく主権国家が一般化していた。

 神の代理人として一定の領域の支配を委ねられた国王は戴冠式の時に大司教が行う塗油の儀式で神聖化され、病気を治癒する神秘的力を得たとさえ民衆は信じ込んだ。実際にフランスのルイ一四世が、教会の祝日に病人の治療にあたったという記録が残されている。

『「空間」から読み解く世界史―馬・航海・資本・電子―』(204ページ)

太陽王とも呼ばれたフランス王国国王ルイ14世の治世は1643年から1715年、現在より300年前の王様です。

彼は、神がかりによって民衆に治療を施していました。恐らく、一定の効果を得ていたのだと思います。今ではプラセボ効果と呼ばれる効果によって。

2人の仏王ルイ

この記載を読んだ時、ふと思い出したことがあります。

プラセボ効果史上を画する科学的調査に、「フランス国王ルイ」が関わっていたんじゃなかったっけ?、と。

記憶のソースを辿り『「期待」の科学 悪い予感はなぜ当たるのか』をひも解けば、とんだ勘違いでしたね。

『第10章 プラセボは「嘘」か』より引用。

一七八四年、ルイ一六世が任命した委員たちは、(以下略)

『「期待」の科学 悪い予感はなぜ当たるのか』(281ページ)

14世ではなく、16世でした。

なお、ルイ16世の在位は1774年から1792年であり、曽祖父に当たるルイ14世の治世より60年ほどの隔たりがあります。また1789年のフランス革命後、1792年にルイ16世の王権が停止され、断頭台(ギロチン)により公開処刑されました…。

60年の間に治療家としてのフランス国王の神秘性と権威は失われ、専門職としての医師に引き継がれたのかもしれません。

フランツ・アントン・メスメルに対する調査

『「期待」の科学』によれば、「動物磁気のバランスを整えている」とするアントン・メスメル医師の治療が良く効くとパリ中の噂になり、王妃マリー・アントワネットも信奉するその治療法が怪しげだとして知識人たちの不興を買い、王ルイ16世に調査をせがんだとのこと。

「動物磁気のバランスを整えている」の具体的行為としては、思わせ振りな装飾を施された居室に患者十数名を招き入れ、儀式的な円陣を組んでルーチン的行動をとらせた後、着飾ったメスメル医師が患部に手をかざして回るというもの(簡略化していますので、詳細は『「期待」の科学』にて)。

現代の自称・祈祷師が行う治療と大差ありません。しかし、これがまた良く効くため「メスメリズム」として当時の大衆の支持を得ていたのです。

科学的期待

パリ知識人たちの警告を受け容れ、仏王ルイ16世は当時を代表する科学者たちに調査を命じました。

治癒と言う結果を得るためには、明らかな原因が無ければならない。そうした前提で進められた調査の目的は、体内を流れる宇宙的エネルギーと謳われた「動物磁気」の存否を明らかにすることです。

この件に関する熱いやりとりはやはり『「期待」の科学』をご参照いただくとして、画期的な出来事として単盲検試験が実施されたことが挙げられます。

少年を目隠しし、「磁化した木だ」と偽った木の元へ連れて行くと間もなく失神したそうです。それは、ただの木だったにも関わらず。

ことここに至り、調査委員のお偉方たちはアントン・メスメルが主張する治癒効果は患者の「想像力」の産物だとして、その科学性を否定しました。「動物磁気」など存在しないのだ、と。

現代の「動物磁気」

2015年現在においても、「動物磁気」に似たものが世の中に出回っています。霊能者や霊媒師、祈祷師などなど、独自の「動物磁気」を開発し患者の治療にあたっています。

さらに言えば、今まさに病院や治療院で医師や鍼灸師、整体師が行っていることの一部も数百年後には「動物磁気」的扱いを受けている可能性を否定するものではありません。

ともかく、凡そ「動物磁気」的なものは現代では「プラセボ効果」だとして冷遇される傾向があります。残念なことに。

プラセボ効果も無駄ではない

プラセボ製薬ではプラセボを販売している都合上、また会社としての理念上、プラセボ効果の地位向上を願っています。

本能的忌避

上記の調査委員たちは、とにかく科学的説明のつかない「動物磁気」なるものとその影響力を恐れていたように思われます。

よく分からない、よく知らないものに対して、とりあえず否定的な態度をとる。否定的な見方を前提とし、否定的な結論を見込んだ調査を行う。人の本能として当然のこうした忌避反応を示したのではないかと思われます。

特に科学性にこだわり、実際に治ることがあるか否かという治癒効果自体には頓着しなかったと。そんな風に『「期待」の科学』では描かれています。

科学か治癒か

翻って現代においても、数々の疾患が克服されたとはいえ、人体を含む生命は未知に満ちています。心のあり方が身体に及ぼす影響もまた、依然として測り知ることができません。

科学的に説明できないけれど実際に起こりうる治癒現象を科学的でないからとして無視する、あるいは葬り去るのはあまりに惜しいのではないか?

だって、多くの人には今ある悩みの解決としての治癒が求められ価値あるものとされているはずで、それが科学的か否かはどちらかといえば2の次な気がします。

神の代理とされた王の権威は現代では白衣を着たお医者さまに引き継がれ、実質的に医療的効果をあげているようにも見えますし。

もちろん現代は多様な価値観が認められる素敵な時代ですので個々人が信じる道を行けばいいのですけれど、それでも。

ただ、冒頭のニュースのようなことも起こり得ますので、なるべく合理的に。それでいて神秘主義を捨てず、合理的な神秘主義を奉ずるというのが現在の居場所です。

「悪魔ガー」とか言い出す輩には、悪魔を実際にその目で見たのでなければ関わらないようにしましょうということで、ここは一つ。