『医療政策を問いなおす―国民皆保険の将来』は医療制度を概観できる良書

健康保険、入ってますか?

もちろん日本は国民皆保険を実現しているので、日本語で本記事を読まれている方の大半は被用者保険、国民健康保険(国保)、後期高齢者医療制度のいずれかの公的健康保険に加入しておられるかと。

ただ、この制度は変化を起こしつつあります。それも、大きな変化を。

医療制度を知りたい・学びたい人の為に

当記事は医療制度・医療政策の概要を示すものではありません。というのも、これらを具体的に説明しようと思えば少なくとも一冊の本くらいの分量が必要だからです。

でも、安心してください。

2016年現在、医療制度や医療政策について何がしかを学びたい方は島崎謙治著『医療政策を問いなおす: 国民皆保険の将来』を読めば十分だからです。

なぜ本書を採り上げるのか?

では、なぜ『医療政策を問いなおす: 国民皆保険の将来』を推薦するのかといえば、以下の認識があるためです。

  • 現状認識に偏りがない(少なくとも、公平を期することに配慮する)
  • 現在の医療制度は持続不可能である
  • 不可能性は少子高齢化する日本の人口構成に基づく
  • 「老人医療費無料化」は世紀の愚策
  • シルバーデモクラシーが進展するため、変革のチャンスは「今」であり「今」しかない
  • 医療制度は複雑系である
  • 著者自身の立場を明確にしつつ、具体的な改善のアイデアを提示する

挙げようと思えばもっと挙げられてキリがないのですが、厚生労働省保険局保険課長、国立社会保障・人口問題研究所副所長など、現場経験に基づく著者の筆に唸らざるを得ません。

うーむ、すごい。そして、ヤバイ!

政策に関する論考に「複雑系」という言葉が出てくるあたり、稀有な良書と言えるのではないでしょうか。「複雑系」とは予測不可能性を前提とするシステムなのですが、噛み砕いて言えば「やってみなくちゃわからない」というお話かと思われます。

議論を尽くした先にある予測不可能性。それに加えて、創発される何がしかの善きものを期待すること。最後は「賭け」の部分が出てくるがために、逆にその最後まではキッチリ進めないといけないぞ、という著者の気迫を感じます。

うーむ、ホントすごい!

日本は「最も成功した社会主義国家」だと言われる(言われた)事もありますが、こうした本を読むと官僚の政策研究にかける並々ならぬ熱意を実感します。もちろん、この場合はいい意味で。

皆が読めるか?

『医療政策を問いなおす: 国民皆保険の将来』を読み進めている内に、「国民皆保険の概要を説明するこの本を、国民皆が読めるのか?」という疑問が頭をよぎりました。

既にお気付きかもしれませんが、当記事には漢字がたくさん出てきます。それにもまして、本書には漢字がたくさん出てきます。比率的な意味で。もちろん、常用漢字なので「難しい漢字」はないのですが、本当にたくさんの(そして、ややこしい)語句が出てきて「難しい感じ」を与えます。

また一般向けの新書と言えど、専門的な要素を多分に含んでおり、素地が無ければ理解に時間がかかる恐れがあります。したがって、「読書習慣のある人」のうち「医療政策・制度、健康保険に興味のある人」しか読まないし、読めないのではないかと危惧します。

なぜ「危惧」か?

本書の内容を理解せずに、今後なされるはずの国民皆保険制度に関する政策決定や制度変更の意図を汲み取ることはできないためです。とすれば、著者が主張する「今ならまだ間に合う」論は夢物語だった(「時すでに遅し」だった)ことが将来的に判明する可能性は否定できないということです。

難しい内容をわかりやすく

とは言え、医療政策に関して何がしかを知りたければ本書を読むことが必要であり、それで十分ともいえますので是非とも読んで頂ければと思います。

実のない話を小難しく説明する人はたくさんいますが、意義はあれども難しい内容をわかりやすく説明できる方は稀です。本書は「説明」が非常に上手く、主張の根拠を並列させて(「第1に」、「第2に」、「第3に」など)適切に的確に説明されていますので、そうした意味では読みやすい内容になっています。

将来はわからない

将来のことは誰にもわかりません。もしかすると『医療政策を問いなおす: 国民皆保険の将来』で描かれた未来はやってこないかもしれません。

例えば、あくまで「例えば」ですが、日本国債の暴落から国家破産が起こるかもしれない。

そうすると、既に国債に依存している社会保険財政はまったくもって成り立たないことになります。医療提供がなされない(医療崩壊)、自己負担率の急増(経済的理由による医療へのアクセス途絶)などなどなど。それはまさに「複雑系」がニッコリ笑顔のカオスな状況で、何が起こるか分かりません。

プラセボ製薬では、そうした状況においてプラセボ(偽薬)が使われる可能性もあるのではないかと踏んでいますが、その話はいずれまた。現代プラセボ効果研究の端緒は医療が崩壊しつつあった「戦時」に拓かれたことだけ申し述べておきます。

破綻などしていない

とはいえ、社会保険制度が破綻しない未来で何が起こるのか、何が起こらなければならないかは『医療政策を問いなおす: 国民皆保険の将来』を読むと分かります。

医療と関係の深い、そしてさらに深まる介護との関係も本書を読めば見えてくるはず。

  • 自由診療・混合診療って結局どうなるの?
  • 高齢者の自己負担比率が上がるなんて「改悪」じゃない?
  • 地域医療構想ってうまくいくのだろうか?
  • 医師不足がやばいんじゃない?

そんな疑問のある方ほか、保険証を持っておられる方は読んでおいて損はありません。

冒頭「はしがき」より引用。

 わが国の国民皆保険は1961年に実現し、それから半世紀以上にわたり維持されてきた。国民の支持も高い。しかし、そのことは国民皆保険が将来にわたり盤石であることを意味しない。その理由は、国民皆保険も社会経済の「土台」の上に成り立っているからである。「土台」が揺らげば、その上に立つ「家屋」が軋むことは避けられない。そして、「家屋」が軋めば補強が必要になる。それが政策である。ただし、国民皆保険は複雑な構造物であり、どこをどのように補強すればよいのかは自明ではない。また、財源や人的資源の制約があるなかで、無尽蔵に金と人を医療に投入できるわけでもない。

 したがって、今、なすべきことは、日本の国民皆保険の特質や基本構造を押さえ、近未来の人口構造の変容の影響を正確に把握したうえで、医療政策の道筋を明確に描き着実に実行することである。本書の目的は、それについて論じることである。

今、読むべき良書。