「プラセボ効果が年々増強している」は誤り?臨床研究メタアナリシスの危機

2016年10月12日 2016年10月31日

京都大学医学研究科社会健康医学系専攻

「健康要因学講座 健康増進・行動学分野」という研究室が「京都大学 大学院医学研究科 社会健康医学系専攻」に設置されています。

2016年9月、プラセボ効果に関して『「世界の常識」に反する』こんな研究結果を公表しました。

2016.9.7
教室とOxford大学、München工科大学、Bern大学の5年来の共同研究から、古川壽亮教授、小川雄右助教、竹島望先生(PhD課程2016年卒業生)、早坂祐先生(同)がうつ病の臨床試験におけるプラセボ反応についての解析を行い、20年来の「世界の常識」に反する結果を得ました。Lancet Psychiatry (創刊初年度の半年分でIF=5.8)にアクセプトされ、Fast track publicationで緊急出版される予定です
http://ebmh.med.kyoto-u.ac.jp/

概要

今回の研究は、プラセボ効果の“常識”に対する疑義が元になっているようです。

以下、『The Lancet Psychiatry』のオンライン版に掲載された記載に基づきます。

ランセット姉妹紙に掲載された論文タイトル

参照リンク:Placebo response rates in antidepressant trials: a systematic review of published and unpublished double-blind randomised controlled studies – The Lancet Psychiatry

研究の背景

先行研究において、うつ病の臨床試験におけるプラセボ反応率が1970年代より上昇し続けていると示されていました。

このことは、当サイトの過去記事でも触れていたように思います。

しかしながら、過去の先行研究で用いられたデータが古かったり限定的であったり、また不適切な統計手法を用いて「プラセボ反応率の向上」という結論を導いていたと著者らは主張します。

そこで、うつ病に関するプラセボ対照ランダム化比較試験について系統的レビューを実施し、プラセボ反応率と研究および患者の特徴の間にある関連性を検討しました。

方法

成人の大うつ病に対する第一世代、第二世代抗うつ剤の二重盲検プラセボ対照ランダム化比較試験の結果を、公表されたもの、未公表の物を含め探索し、系統的レビューが実施されています。

実施年度とプラセボ反応率、この二つに正の相関が見出されたならば「プラセボ反応率は上昇している」という“常識”はより強固な証拠を得ることになります。

その他、検討手法の詳細については非常に専門的な内容となりますのでリンク先の英文をご参照ください。

参照リンク:Placebo response rates in antidepressant trials: a systematic review of published and unpublished double-blind randomised controlled studies – The Lancet Psychiatry

結果

1978年から2015年に実施された総数252の臨床試験、そのうちプラセボ群に該当する総勢26,324人の患者さんデータについて上記方法により検証した結果、1991年に“構造変化”を起こして以来、プラセボ反応率は35%から40%と定常的に維持されていたようです。

“構造変化”について、今では世界中で使われるようになった「プロザック(Prozac)」や「ゾロフト(Zoloft)」などの抗うつ剤が新薬として有名になったことが関係しているらしく。

なお、プラセボ反応率に関与する因子として見出されたのは、試験の期間と実施機関数。試験期間(週数)が長ければ長いほど反応率が高く、また同時に試験を実施した機関の数が多いほど反応率が高かったようです。

実施年度はプラセボ反応率を予測する因子ではありませんでした。つまり「年々効果が上がっている」という主張は、科学的に否定されてしまったという訳です。

詳細は下記リンクより。

参照リンク:

解釈

広く信じられていた“常識”に反して、抗うつ剤の臨床試験における平均プラセボ反応率は25年以上にわたり安定していました。

当該結果は、臨床的あるいは方法論的観点の両方から、学術文献・科学文献の解釈および精神薬理学の未来に影響を与えると著者らは述べています。

助成

当研究は日本学術振興会およびグレイトブリテン・ササカワ財団の助成を受けています。

古川壽亮教授

当研究論文の筆頭著者となっている古川壽亮教授は、研究室の分野紹介ウェブサイト上で以下のように述べています。

本分野は認知行動療法(CBT)と臨床疫学(EBM)を車の両輪とし、疾病および健康に関連する行動と認知を変容する実践的かつ実証的な研究を行います。健康増進・行動学の実践にエビデンスを応用できるようになること、それで解決できない臨床疑問を解決する実践的研究を立案し実施できるようになること、そして世界の臨床を変えるエビデンスを作り出すことを教室の教育・研究の目標としています。
http://www.med.kyoto-u.ac.jp/organization-staff/research/doctoral_course/r-136/

「世界の臨床を変えるエビデンスを作り出すことを教室の教育・研究の目標としています。」

この気概を、一つの具体的な成果としたのが今回の研究成果であると言えるでしょう。

研究室ホームページ

蛇足かもしれませんが、ウェブ上での古川教授の紹介サイトが錯綜しているように思われたので整理しておきます。

【大学・大学院の分野紹介ページ】
健康増進・行動学
http://www.med.kyoto-u.ac.jp/organization-staff/research/doctoral_course/r-136/

【医学研究科・専攻の分野紹介ページ(新)】
健康増進・行動学(Department of Health Promotion and Human Behavior)
http://sph.med.kyoto-u.ac.jp/field/class-12/

【医学研究科・専攻の分野紹介ページ(旧)】
健康増進・行動学(Department of Health Promotion and Human Behavior)
http://sph.med.kyoto-u.ac.jp/class-09.html

【健康増進・行動学分野独自ウェブサイト】
京都大学大学院 医学研究科 社会健康医学系専攻 健康増進・行動学分野
http://ebmh.med.kyoto-u.ac.jp/

GoogleやYahoo!などで検索すると様々なページが見つかりますが、最後のものが分野独自のウェブサイトとなっており、最も詳しく、また最新情報を得ることができるようです。

これまでの業績を見ていると精神医学系の薬物療法に関して、新たな検証を加えることで過去の先行論文が導いた結果に疑義を呈するというのは当研究室おなじみの手法であったようです。

自分の医療実践に臨床疫学(EBM)と認知行動療法(CBT)を応用したい人を待っています。

一緒に、世界の臨床を変える研究をしませんか?

「世界の臨床を変える研究」に興味があれば、是非ウェブサイトや著書等をご参照ください。

驚くべき真実の軽さ

英語、日本語を問わず、プラセボ効果のフシギについて扱うネット記事では「プラセボ効果が年々向上している」というのは本当に“常識”の如く扱われていることが多いものです。

「プラシーボ効果に関する驚くべき10の真実!」

そういったサイトではもちろん研究論文の成果を引用しつつ、その時点においてできる限り科学的に正しい記載が心掛けられていますが、研究成果の正しさは“信じる”しかないのが現状です。

“信じる”という営為

査読のある有名な雑誌に掲載された結果だから…というのは大いに信用に足るように思われますが、実際のところ、今回のように未来のある時点で否定される可能性を秘めています。

さて、では何を根拠に何がしかの“事実”あるいは“真実”を述べればよいのでしょうか?

今回紹介した結果が未来永劫覆されることなく信頼できると、どうすれば証明できるのでしょうか?

残念ながら、それは科学の営みを超えた物事です。

研究論文に示された結果は反証可能性を持つ仮説・主張であり、最終的には“信じるか否か”を選択するしかありません。

だからこそ現状の「世界の臨床を変える研究」を行うことが可能でしょうし、将来的に自らが変えられる対象となることは避けられません。

“信じたい”真実

もちろん、将来のある時点で本研究成果が覆される可能性があるとしても、何ら価値を減じるものではありません。

「プラセボ効果が年々増強している」という“常識”は、新規抗うつ剤を創薬・開発する製薬企業にとって体の良い“言い分け”を提供していたようにも思われます。

「だから、当社の抗うつ剤は開発に失敗したのだ」と。

真実とは“信じたい事実”の言い換え、なのかもしれません。

追記

抗うつ剤とプラシーボ効果ではなく、鎮痛剤とプラシーボ効果という視点から長期にわたる検証をした研究がありました。

Increasing placebo responses over time in U.S. clinical trials of neuropathic pain
Pain, 2015;doi: 10.1097/j.pain.0000000000000333

面白いことに、米国内では神経痛に対するプラシーボ効果の年次向上が認められたとのこと。

また新規鎮痛剤候補の効果は調査期間内で定常的であったため、臨床試験を突破できる優位性が示しがたくなっている原因であるとも考察されています。

プラシーボ効果に関しては疾患・症状ごと、あるいは国籍など文化的背景によっても変容するとされており、中々一般的な結論を導くことができません。対立するかのように見える複数の研究結果から、一般化できる明確な結論を得ることはますます難しくなるようです。

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