ノシーボ効果/ノセボ効果とは?

2014年6月25日 2015年10月26日

ノシーボ効果(ノセボ効果、ノーシーボ効果、反偽薬効果、nocebo effect)

ノシーボ効果とプラシーボ効果

『プラシーボ辞典』では「プラシーボ効果」を以下のように記載しています。

“効かないはずのものが効いた”という一般に広く認められるものの科学的には説明不可能な治癒現象を一つの概念として共有するために、“説明不可能性そのもの”に対して与えられた名称が「プラシーボ効果」です。

実はここで書かれた“効かないはずのものが効いた”の“効いた”には方向性があり、より良い結果が得られたこと、より好ましい肯定的な結果が得られたことが含意されています。薬効成分を含まない偽薬など“効かないはずのもの”によるプラスの効果、それがプラシーボ効果です。

ノシーボ効果(ノセボ効果)とは、偽薬などの“効かないはずのもの”が好ましくないマイナスの結果をもたらした場合に、やはり科学的には説明不可能な有害現象(増悪、病状・症状の悪化)を一つの概念として共有するために、“説明不可能性そのもの”に対して与えられた名称です。つまり、「ノシーボ効果」は「プラシーボ効果」のちょうど反対の意味をなす対義語であると言えます。

ノシーボ効果の使用例

事前に「この薬は、副作用として吐き気を起こすことがある」と説明すると、たとえ服用させたのものが偽薬でも吐き気を起こしうることが知られています。こういった場合、何らかの成分を理由にすることができませんので「その吐き気はノシーボ効果によるものだ」と判断されることになります。

実際に吐き気を訴えている人に対して、「それ、ただの思い込みですよ」と言ってしまうのは他人の傲慢さ以外の何物でもありません。この場合、実際に吐き気は起こっている判断し、それが科学的に説明不可能であることを理解した上で「それはノシーボ効果と呼ばれるものです」と伝えることがスマートな対応となります。

関連語:ノシーボ
対義語:プラシーボ効果

ノシーボ効果は副作用か?

一見するとノシーボ効果は副作用と似ていますが、そもそもプラシーボに副作用はあるのでしょうか?この問題を考えるためには、「副作用」という言葉の意味を明確にしなければなりません。

副作用とは何か?例によって『広辞苑』(岩波書店、第六版)から引用しますと、以下の通り。

ふく・さよう【副作用】
医薬の一定の作用を利用して治療しようとする時、それに伴って、治療の目的に沿わないか、または生体に不都合な作用が起こること。また、その作用。

狭義の解釈としては、「主作用(医薬の一定の作用)と同じ機序(免疫抑制、受容体のブロック、など)により、標的とする組織や細胞や生体内分子以外で引き起こされる不都合な作用」ということになります。この場合、副作用の対義語として(薬理学的な)主作用が想定されています。

しかしながら、プラシーボには主作用と呼べるような作用がありません(そもそも、それがプラシーボの定義です)ので、狭義の意味での副作用は存在しません。

では、より広い意味で副作用を解釈してみるとどうでしょうか。

副作用としてのノシーボ効果

「プラセボ(偽薬)を服用する時、服用する・させられるという行為そのものに伴って、目的に沿わないか、または生体に不都合な作用が起こること。また、その作用。」

医薬品の臨床試験の現場においてはこのような、ノシーボ効果(ノセボ効果)が実際に起こることが知られています。

何でか効いちゃう、というのがプラシーボの面白いところですが、その作用は主観的な解釈(その人にとって望ましいか、望ましくないか)次第でプラシーボ効果にもノシーボ効果にもなり得るというわけです。

(※ただし、いずれの効果になるかを人為的にコントロールすることは非常に難しいと考えられています。)

まとめ

医薬品の[主作用⇔副作用]という関係は、プラシーボにおける[プラシーボ効果⇔ノシーボ効果]と対応しています。

ノシーボ効果は悪い効果?薬の効果を減じる効果?

ノシーボ効果を主観的な悪い効果・副作用的な効果であるとする意見がある一方、別の意味に解釈することもあります。

それは、医薬品の真の効果を減じるものとしてノシーボ効果を捉える発想です。例えば「この薬はあんまり効かないんだよな」と思い込むことによって実際に薬の効き目が小さくなる、あるいは全くなくなってしまうことがあります。こうした現象を指してノシーボ効果だ、という事もあるようです。

ただしその場合、「医薬品の真の効果」なるものがもともと小さいか全くなかったのにプラシーボ効果で効いていたため、思い込みなどによりプラシーボ効果が消失すると「真の効果」の真の姿が露見してしまったとも考えられます。

このようなプラシーボ効果の消失をノシーボ効果と考えるのは一般的ではありません。

社会的ノシーボ効果

仮に、下記の内容がテレビ・新聞等で大々的に報道されたとしましょう。

「風力発電装置の発する重低音波が半径10km以内に居住する住民の健康に悪影響をもたらすことが、研究により明らかとなった」

こうした報道があった直後、(数年来なんともなかった方たちに)頭痛や吐き気の訴えが増える傾向があります。この時、ある種の思い込みにより引き起こされる悪影響の結果として、社会的なノシーボ効果の存在が指摘されます。

社会的なノシーボ効果、報道の影響によるノシーボ効果は実感される効果として実際に人体に影響を及ぼしうるものですので、科学的な検証よりむしろ感情的で性急な結論(対象設備の即時廃止、など)を導きがちです。

また「影響がある」と主張することと比較して「影響がない」ことを証明することは非常に難しい(多くの場合には不可能である)ため、迅速かつ広範で画一的な広報・報道が達成された日本のような社会においては、様々な規制が増えていくことが多いようです。

対象物の影響による真の効果であるのか、はたまた思い込みによる社会的ノシーボ効果であるのか、これらを見分ける現実的な手段は存在しません。

医療社会学/医療人類学の見地から

健康とは何か、何を医療の対象とするか、どのような現象を好ましいものとして受け容れるか、またどのような現象を好ましくないものと捉えるか、などの問題は社会的に決められます。医学や自然科学が求めがちな絶対的基準のようなものはそこには存在しません。

ノシーボ効果に関して言えば、それが好ましくない結果であることは社会的に決定されています。資本主義に基づいた現代社会における価値の基準は“欲望”を措いて他にありません。多数のヒトが死にたくないと考える(不死を欲望する)なら、科学的説明の網から逃れた死につながるあらゆる行為(病名告知、死期の宣告、死の呪術など)もノシーボ効果の研究対象となります。

また治験においてはプライミング効果と呼ばれるような、事前に副作用の具体例を示唆したことによる実際の副作用(ノシーボ効果)の訴えの増加という問題も抱えています。

純粋な科学として医療を捉えるという発想は限界を迎えつつあります。医療を社会的なものと考えるにあたって、ノシーボ効果を無視することはできません。

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