プラシーボ効果とは?

2014年3月29日 2016年12月8日

プラシーボ効果(プラセボ効果、偽薬効果、placebo effect)

説明不可能な治癒現象を表すことば

薬効成分を含まないプラシーボ(偽薬)を服用したって、何の効果もないはず。

そのように考えるのが合理的で理性的な態度に思われます。何より、すごく自然な考え方だからです。

しかし、事実はそうではありません。

薬効成分を含まない偽薬の服用、思わせぶりに出された砂糖水の飲用、あるいは切り傷を少しつけただけの偽手術、患者に対する医師や看護師の自信に満ちた親密な態度、などなど、効果を示すはずがないと考えられる行為によっても、時にそれを受けた人が身体的あるいは精神的変化を起こすことが広く知られています。

この「効かないはずのものが効いた」という一般に広く認められるものの科学的には説明不可能な治癒現象を一つの概念として共有するために、「説明不可能性そのもの」あるいは「眼前に現れた不可解な治癒現象を説明する必要に迫られ、説明原理として創造された概念」に対して与えられた名称がプラシーボ効果です。

プラシーボ=偽薬?

現在では、偽薬や偽治療そのものに薬理学的な効果はなく、それらを用いた治療行為の周辺事象全てをひっくるめたものが人間の心身にポジティブな影響を及ぼしうるのだと考えられています。

従ってプラシーボとは偽薬という限定的なものではなく、(肯定的な治癒効果をもたらした)治療行為の周辺事象全てをひっくるめたものを総称的に示す言葉となっており、プラシーボ効果の説明において「儀式(ritual)」の語が用いられる場合さえあります。

なお、治療における儀式と言うと古色蒼然たる未開文明の名残や非科学の極みだと捉えられがちですが、現代の医療もまたそうした儀式的な趣を身に纏い、恩恵を受けています。

荘厳な病院、権威ある医師、重厚な高度医療機器、数々の医薬品、などなど。

儀式を彩るこれら多様な事物は、私たちの心身に影響を与えることができるようです。

暗示的効果

特に白衣をまとった現代の呪術師たる医師の行為は重視されているようで、日本国の医師法第22条には「暗示的効果」という文言が含まれています。

この文言は「暗示的効果を期待する場合において、処方せんを交付することがその目的の達成を妨げるおそれがある場合」と続き、医師は治療上必要であれば処方箋を交付することなく偽薬を用いてよいとされています(参照:「医師法上の偽薬利用は処方箋の交付義務における例外措置(第22条1)として規定」)。

日本国内の法体系は「暗示的効果」すなわち「プラシーボ効果」の活用を是認しているようです。たとえそれが科学的には未解明でも、有用であれば。

プラシーボ効果の科学的解明

科学的説明を拒む治癒現象は奇跡や偶然と呼ぶにはあまりにも頻繁に医療現場で認められたため、未来のある時点で科学的に解明し得る生理現象として慧眼の科学者たちが「プラシーボ効果」という特別な名前を与えました。

プラシーボ効果は未だ説明不可能性のベールに覆われたままですが、その現れ方や頻度はとても多様かつ多岐に渡り、プラシーボ効果の有効活用が医療そのものを変える可能性を秘めているため、医学、薬学、その他、多くの自然科学者および社会科学者が研究の対象としています。

研究すべき課題の一例

プラシーボ効果にまつわる興味深い例を一つ挙げましょう。それは、偽薬の形状、色、匂い、あるいは価格や服用方法(個数、日時、回数など)によってプラシーボ効果の出方が左右されてしまうという現象です。錠剤よりは注射が、注射より手術の方がプラシーボ効果は現れやすい。つまり、効きやすいプラシーボが存在しているということです。

より効きやすいプラシーボとはどのようなものか。全人類共通のものでしょうか?それとも個人レベル、あるいは生活環境や文化背景によって異なるのか…。もしそれらが明らかになれば、オーダーメイド・プラシーボ医療の実施が可能となるかもしれません。

同義語:プラセボ効果偽薬効果
関連語:プラシーボ医薬品とプラシーボ効果
対義語:ノシーボ効果

プラシーボ効果と思い込み

「プラシーボ効果って、ただの思い込みなんでしょう?」

プラシーボ効果が思い込みの効果だとすれば、意識的に思い込むという行為だけで効果が出てもおかしくはないでしょう。ところが、思い込むだけで変化を実感できるほどの身体的、あるいは精神的効果が現れることはあまりありません。

何らかの具体的な治療行為(診察および診断時の示唆的言動、偽薬投与・摂取、偽手術など)を介してしか、効果は現れないのです。

一体どうしてでしょうか。

「思い込む」ことの不可能性(=ヒトは思い込むことが苦手である/できない)を示しているのでしょうか。被治療者としての役割を与えられ、それをうまく演じることが出来なければ効果は現れないのでしょうか。はたまた、「信用」や「信頼」や「仮託」の介在が素直な思い込みの達成に必要なのでしょうか。

答えの出ている問いではありませんが、考える価値は十分にあります。

言い換え連鎖0:説明不可能性

試みに、プラシーボ効果に関してどのような言い換えが実際に為されているかを検討してみましょう。

まずは現象そのものをできる限り実直に捉えた「説明不可能性」から考えてみます。

説明不可能性という言葉が持つ否定的なニュアンスには非常に強いものがありますが、この核心部分を常に念頭に置きつつ別の言い換えを見てみましょう。

言い換え連鎖1:非特異的効果

説明不可能性と同様に否定のニュアンスをもつ「非特異的効果」もまた、プラシーボ効果の言い換えとして用いられることがあります。

接頭辞「非」によって否定されてはいますが、「効果」の語を用いることにより若干でもポジティブなニュアンスの獲得に成功しているように思われます。

言い換え連鎖2:プラシーボ効果

さて、次の段階は「プラシーボ効果」そのものです。プラシーボ効果の語には、否定的なニュアンスを含みません。全き肯定感を有しています。

実はこれがイノベーションというかイノベーティブな言い換えとして作用しており、『「プラシーボ効果」のプラシーボ効果』を生み出しているように思われます。

というのも、否定的な意味合いを有する概念でも表記の上で肯定的な言葉を当ててしまえば肯定的に解釈され得るためです。

ここに説明原理としての有用性の本質、すなわち納得感という価値提供をみて取ることができるでしょう。

このことは、対照的かつ強力な説明原理である「神」や「奇跡」を持ち出すとはっきりするかもしれません。説明不可能な事象に対して、すべてを説明するものとしての「神」あるいは「奇跡」といった概念・原理を創造してしまえば、あとはそれに当てはめるだけで説明は完了し、納得できてしまいます。

しかし、科学(これもまた説明原理ですが)による説明を求める時、「神」や「奇跡」は宗教者の戯言として捨て去らねばなりません。ただ同時に「わからない」や「未解明だ」とする否定的な説明もまた受け容れがたいものです。

では、どうするか?

人類が見出した答えは否定的概念を「プラシーボ効果」としてパッケージング(包装)し肯定的に転換してしまうアクロバティックな解決策でした。

言い換え連鎖3:思い込み効果、その他

これまでに見てきたような言い換えは、本質的には「説明不可能性」から脱することができていません。驚くべき治癒現象に対する納得のいく説明とは言えず、何だか化かされているような気さえしてしまいます。

「プラシーボ効果とは何か?」という哲学的(に見える)問いかけを追求する暇を、誰もが有しているわけではありません。

もっと具体的で分かりやすく、何より納得のいく言い換え案が求められたのでしょう。

「思い込みの効果である」という説明は、日常語を用いた気分の良い(都合の良い)説明であるように思われます。何より、一応の納得感を与えてくれます。

日常語を離れ、より科学的な言葉が求められる場合には「平均への回帰」といった具体的で肯定的な説明が納得感をもって迎えられることもあります。

先に挙げた「暗示的効果」を含め、その他様々な肯定的言い換え案が提唱されています。

言い換えによって理解・納得は可能か?

否定的概念に対する肯定的説明の試みにより多種多様な説明原理が生み出され、理解(感)や納得感という価値が提供されています。

どれを取るか、あるいはどれも取らず「わからない」まま抱え込むのか。

もしプラシーボ効果を「思い込みの効果だ」と思い込んで納得されている方がおられたら、一度このことを検討してみてはいかがでしょうか。

「合理的な神秘主義」とプラシーボ効果

さて一方で上記のような因果律を前提とする否定的概念の肯定的説明が為される中、他方では因果論を超えた理解のあり方を模索する試みもあります。

一例として、『合理的な神秘主義‾生きるための思想史 (叢書 魂の脱植民地化 3)』において、著者の安冨歩氏は「合理的な神秘主義」を掲げています。

プラセボ製薬株式会社では、プラシーボ効果もまた「合理的な神秘主義」によって、ある意味では否定的に理解できるのではないかと考えています。

わからないことは「わからない」

現在でもプラシーボ効果研究の主流は、「科学がこの世の理(ことわり)全てを詳らかにできる」ことを前提とする合理主義にあります。

脳神経科学の隆盛と限界が、プラシーボ効果の本質を脳内で起こる“何か”に還元できるという希望を抱き続ける合理的科学者の最後の砦となっているようです。

「脳科学、神経科学はプラシーボ効果の本体として○○という物質の働きを明らかにし、××という脳部位で作用することを突き止めるはずだ!測定方法・機器の精度が十分に高まれば…」

しかし、プラシーボ効果がそうした科学的な記述によって理解されることは(恐らく)永遠にありません。

プラシーボ効果と呼ばれる現象の本質が「創発」にあり、世界の「語り得ぬ部分」に含まれているからです。どうしたって「わからない」のです。

科学では分かり得ぬことがあると認めたり、「わからない」物事の原因・由来(あるいは因果を超越した何か)として“大いなる力”を設定する態度のことを「神秘主義」と言います。

「わからない」けれど、「わからない」からこそ。

「わからない」物事は有用ではない、有効に活用することは出来ない…そんな風に感じられてしまいます。

しかしながら、「わからない」けれども、いや「わからない」からこそ力を発揮することがあります。その神秘性の存在を信じてみることから生まれる価値があります。

プラシーボ効果もまた、そうした神秘の有りように対する態度が効果発現の決定的な要素となるかもしれません。

「合理的な神秘主義」のアプローチ

「合理的な神秘主義」では、「わからない」物事を無くそうとする従来の合理的アプローチをとることができません。

  • プラシーボ効果とは何か?
  • プラシーボ効果はどうして現れるのか?

そうした問いかけの答えは、語り得ぬものとして神秘のベールの向こう側にあります。

我々が語り得るのは、それがどうして阻害されるのかに限られます。

  • プラシーボ効果を阻害するものとは何か?
  • プラシーボ効果はどうして現れない場合があるのか?

そうした問いかけが「合理的な神秘主義」的アプローチにつながると考えています。

「わかる」ために必要なこと

わからないものは「わからない」とは言え、「わかりたい」と思うのが人間の性なのかもしれません。合理的に「わかる」ために、それも科学的に分かるために必要な道筋を考えてみましょう。

まず、人間が抱く「意識」についての科学的に妥当な記述が必要となるでしょう。加えて、「意識」現象の具体的な事例である「信じる」ことについても何がしかの科学的な知見が求められるかと思います。

「わからない」ものに迫り神秘のベールの向こう側を覗き込む企みは、何と言っても非常にスリリングで面白いものです。

本記事はそうした企みの成果を随時取り込む更新型コンテンツである旨、ご理解ください。

神秘なるもの

さてプラシーボ効果にまつわる神秘について長く書いてきましたが、実のところ最も身近な神秘的存在は、あなた自身です。

あなたが生きていること自体や生命現象も、プラシーボ効果と同じように、科学や合理性では上手く捉えることができません。

その神秘的な存在に備わる力としてプラシーボ効果を上手く生かしたい。不安神経症的な健康観を転換するために必要な、自分の感覚に対する自信や信頼を抱くきっかけとしたい。何なら、少子高齢化の進展に伴う社会的・医療経済学的な問題を解決する糸口としたい。

プラセボ製薬株式会社では、こんな風にプラシーボ効果を捉えています。

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