プラシーボ反応とは?

2014年11月25日 2014年12月11日

プラシーボ反応(プラセボ反応、placebo response)

プラシーボ反応(-はんのう)とは、プラシーボによって引き起こされた何らかの反応・変化を総称的に言い表した言葉です。「プラシーボ効果(-こうか)」が肯定的な“良い”反応を指すのに対し、「プラシーボ反応」は“良い”反応だけでなく否定的な“悪い”反応をも含む総体的な事象を示しています。

プラシーボによって引き起こされる“悪い”効果は「ノシーボ効果」と呼ばれています。プラシーボ反応という言葉はプラシーボ効果とノシーボ効果をひっくるめ、価値判断を含む反応の方向性を(敢えて)問わずに反応の存在そのものに着目しようとする際に用いられるようです。

プラシーボ反応はプラシーボ効果とノシーボ効果を包含する

関連語:プラシーボプラシーボ効果ノシーボ効果

なぜプラシーボに反応するのか?

プラシーボに反応する理由は様々なモデルを用いて説明が試みられていますが、決定的ではありません。そもそも、あらゆる医療周辺行為・事象がプラシーボになり得るため「何がプラシーボか?」すら原理的には判断できないという方法論的難しさがあったりして、解明にはさらなる研究が求められています。

プラシーボ無反応に対する言及

プラシーボ反応(あるいはプラシーボ効果)はプラシーボによって引き起こされる、「効くはずのないものが効いた」という(驚くべき)現象に与えられた名前です。そこには「プラシーボは、効くはずがない」という暗黙の前提があります。

でも、それって本当?

「プラシーボは、効くはずがない」という前提は、科学的説明のつかない物事に対する人間の(傲慢な)価値判断に基づいています。ある種のバイアスがかかった解釈でしかありません。この解釈の内でしか、「効くはずのないものが効いた」という事象に驚くことはできません。

しかし我々の実感を離れて、このように驚いてみたっていいはずです。

「プラシーボは効く。なのに、プラシーボに反応しない人もいる」

プラシーボに反応しないことにも注目したい

数字の“ゼロ”の歴史が教えてくれるように、ヒトは“無”について考えることが得意ではありません。無いものを明示的に表現しようとする試みが難しいのは、それが思いもよらないものというより、むしろ扱いづらさに対する生理的な不快感を伴っているからかもしれません。

厚生労働省もFDAもWHOもプラシーボ効果の存在を前提とした科学的枠組みを採用しているように、現代社会は既にある種の“無”であるプラシーボとその効果を広く認めています。ならば、「(科学的には説明できていないけれど、)確かにプラシーボは効く(ことがある)」という事を前提に物事を捉え、発想を転換させてみても良いんじゃないか。そんな気がします。

プラシーボ反応を科学的に解明した先にあるもの

プラシーボ反応を科学の言葉で説明することができた時、プラシーボに対する無反応も同時に解明されているのでしょうか?「プラシーボはもともとが効かないはずなんだから、プラシーボに対する無反応なんて当然すぎて言及する必要すらないね」といった素朴な発想は、プラシーボ反応の一面を敢えて見ないようにしているのではないでしょうか?

「なぜプラシーボに反応するのか?」と同じくらい、「なぜプラシーボに反応しないのか?」も重要な問いです。この問いに対する答えは、「なぜ(効果があると証明された)薬に反応しない人がいるのか?」というより実際的な問いに重要な示唆を与えるかもしれません。

突き詰めた先にサイコロを振って遊ぶ神がいる可能性もあったりして、一筋縄ではいきませんけれども。

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